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◆一度見てしまった人のためのディズニー映画紹介

第8回「美女と野獣」

〜ウォルトでさえできなかった快挙

あらすじ

 本の中のストーリーにあこがれるベルは、この世のどこかにある冒険や魔法を夢見る。その父親が迷い込み、幽閉された城の主人はなんと魔法により姿を変えられた野獣であった。ベルは父親と引き替えにその野獣の住む城に囚人として残ることになる。野獣が元の姿に戻るには、誰かを愛し、そして愛されなければならない。刻一刻と迫るタイムリミットを告げる赤いバラ・・・果たして野獣は元の姿に戻れるのか?

T's EYE.

 私がディズニーにはまるきっかけを作ってくれた映画、「美女と野獣」。このシリーズの最終回はやはりこの作品でないと。

■ハワード・アシュマンが命を懸けた作品。

 この映画でもっとも泣けるシーンはどこか、と聞かれたら、私は迷わずこの映画のラストと答えます。ラストといっても野獣が王子に戻ったところ、ではなく、スタッフロールの最後の最後、ハワード・アシュマンに向けられた言葉です。ここでは、こんな言葉が書かれています。

 「私たちの友人、ハワード・アシュマン 人魚に声を与え、野獣に心を与えた男。永遠なれ。」

 このハワード・アシュマン、リトル・マーメイド、美女と野獣、アラジンの曲の作詞を担当し、惜しくも1991年3月14日、40歳の若さで亡くなったのです。この人なくして、現在のディズニーは無いとまでいわれた天才で、この作品でも製作総指揮を担当、なんとあのウォルトでさえなしえなかったアカデミー作品賞にノミネート(惜しくも受賞はできませんでしたが)されたという快挙までもたらしました。

 音楽に関しては説明はいらないくらいメジャーになってしまいましたね。余談ですが、最近の結婚パーティ等では100%かかると言っていいくらいヘビーにリピートされるタイトル曲や、バスビー・バークレーを彷彿とさせる「Be our Guest」などすばらしい曲ばかりです。

■映画では語られなかったシーン

 ストーリーに関してですが、実は美女と野獣を映画化する、というプロジェクトはウォルトが存命中のときにもあがったのですが、ストーリー的に暗く、展開が難しいということでお蔵入りになった経緯があったのですが、この作品では効果的に「魔法でものに変身された家臣」たちが活躍することでここまですばらしいものに昇華しているのは見事というほかありません。

 しかし、この作品ではあくまで主役はビーストとベル。実は「これでは主役がかすれる」ということでカットされてしまった、ルミエールやポット婦人が活躍するシーンがあったのです。それが「Human Again」というシークエンスです。ブロードウェイ版(日本では劇団四季)「美女と野獣」ではこのシーンが再現されています。

 ビーストがプレゼントとして図書館をベルに見せるというシーケンスの直後に、ルミエールやコグスワースが「これで人間に戻れるかもしれない!」という期待を歌うというシーンで、ここにはいくつか、その後のシーンにきれいにつながる表現があります。

 まず、このシーンの中で、ベルがプレゼントされた図書館の中から「王様と剣」(アーサー王のお話)を取り出し、文字の読めないビーストにベルが朗読してくれるという一幕があります(おそらく本編のシーケンスにここでつながる)。で、朗読し終わった後にベルからディナーへ招待するというシーンが追加され、その後のボールルームでの舞踏会ときれいにつながります。

 と、ここまではブロードウェイ版を見るとわかるのですが、実はもっと詳しい描写をしようとしていたようです。アシュマン&メンケンの曲を集めた「ミュージック・ビハインド・ザ・マジック」という限定CDボックスに収録された、本人たちの歌うデモテープでは、さらにベルがビーストに文字の読み方を教えるというシーケンスがこの中に追加されています。

 ・・・こうなると、別作品として、ターミネーター2みたいに完全版も見たくなりますね。

■さらなる追加シーケンス「魔法のクリスマス」

 実はたったいま見終わったのですが、さらに追加したシーケンスがオリジナルビデオで見ることができます。

 ちょうど上記のシーケンスが追加された直後のお話のようなのですが、クリスマスを嫌うビーストのお話です。最初この話を聞いたときには単なる季節ものかと思いましたが、しっかりとお金をかけた本格的なストーリーでびっくりしました(なんとCGのキャラクターまででてくる)。

 このお話で初めてわかるのですが、美女と野獣というストーリーは結構クリスマスと密接な関係にあるお話だったんですね。

■ブロードウェイ版に拍手!

 上でも述べたブロードウェイ版ですが、まさかここまで、というくらい昇華してくれています。公演時間はオリジナルの映画より1時間も長いのですが、映画になかったシーンの追加や、より深い描写に参ってしまいました。

 日本では驚異的なロングランを続けている劇団四季版ですが、とうとう1998年3月で幕を引くことになってしまいました。私自身も5〜6回見ていますが、このブロードウェイ版を作ろうとした人たちは相当思い入れがあるのでしょうね。

 たとえば、本編でビーストがディナーにこないベルを無理矢理連れ出そうとするシーンで階段を上らずにジャンプで走るというのがあるのですが、これをうまくストーリーに絡めています。わずか1つのシーンから新たなシーンが自然に組み込まれているのはすばらしいと思います。追加された曲はアラジンで参加したティム・ライスの作品ですが、アシュマンのテイストをよく理解していると思います。

 あえて苦言を呈するとすれば、「ベルが初めてビーストと出会うシーンの”明るいところにきて”という言い方が明るすぎる」「ビーストがスプーンを使わず皿から飲むシーンでのベルの台詞”かんぱーい!”はねえだろ」くらい。このへん、四季の演出なんでしょうかねえ・・・

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 うーん、この作品に関しては語りきれないのでこの辺で切ります。たぶん100回近く見ているし、字幕なしでも完全に理解できちゃってるし、台詞もたぶんほとんど覚えちゃってるこの作品、唯一不満だった「いきなり心惹かれる二人の描写がおおざっぱ」と思っていた部分もブロードウェイ版や魔法のクリスマスで見事解消、これ以上なにを書けばいいの??

 ということで、おすすめ度は文句無く、

★★★★★

ということにします。

補足
(1997/12/14)



  "Human Again"のシークエンスで、ものすごく心に残る台詞があります。それはブロードウェイ版のサントラ(英語版)で聞けるのですが、本に興味を持ち始めたビーストが、「本は忘れさせてくれる」と言うのです。ベルが「なにを忘れるの?」と問うと、「本は自分が誰であるか・・いや、自分がなにであるかを」と言うのです。英語で言うともっとストレートに伝わるのですが、「Who am I?」と言おうとして、「What am I」とわざわざ言い直すのです。ものすごく悲しいです。(このへん、四季版ではわかりにくいんですよね・・・)

 ある人の意見では、姿が醜いと言うだけで忌み嫌われるビーストの心と、エイズという偏見にさいなまれるハワード・アシュマンの心というのが重なって見える、と言います。それを考えながら見ると、この作品はもう一つの側面を見せてくれるはずです。

さらに補足
(2001/11/18)

すでにちょっと旧聞になってしまってるのですが、この映画の公開10周年を記念し、2002/1/1より全世界のIMAXシアターにて、ラージスクリーン・フォーマット版が公開されます。IMAXフィルムによる高精細の画像に加え、なんと上記のHuman Againのシーケンスが追加されています。若干デモテープの内容およびブロードウェイ版とは異なりますが、とにかくこの名作がもう一度見られるチャンスです。ぜひ。

◆Movie Data

作品名(原題)

Beruty and the Beast

監督

ゲイリー・トゥルーズデイル&カーク・ワイズ

音楽

作曲:アラン・メンケン
作詩:ハワード・アシュマン

公開日

1991年

ビデオ/LD発売状況

ビデオ/LDともに完売

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