こちらのお話しの続きです。田組fmでもちょこっと話したネタ。
ウォルト・ディズニー・ワールドは、2021年1月1日から直営ホテルで宿泊者に対して「MagicBand」の無料配布を終了すると発表しました。これを聞いたとき、ああ、とうとう来たかというのが真っ先に思い浮かびました。結論から言いますと、私はこの無料配布終了でウォルト・ディズニー・ワールドのマジックバンド、ファストパス+など、2013年ごろから導入してきた新たな仕組みがすべて終了すると考えています。その理由はCOVID-19というわけではなさそうだな、というのがその感想。
ということで、その考えに至った理由をメモとして残しておきます。
鳴り物入りで登場した、ウォルト・ディズニー・ワールド限定の新施策
最初に聞いたのは、我らがジムヒル先生だったような気がします。2007年、当初噂として出てきたのは、次世代ファストパスこと「xPass」。この当時からスマートフォンを活用し、紙のファストパスを置き換えるだけでなく、キューラインをインタラクティブ化し、待っている間にも双方向に楽しめる仕組みを用意することで、体験価値を上げようとする考え方でした。
その後、この噂は「FastPass+」および「MyMagic+」という形で2013年に正式発表されます。この時重要だったのが、ウェアラブルデバイスとしての「MagicBand」です。この時のパーク部門トップはトム・スタッグス。元CFOで理知的に運営を見ることができる人でした。
そもそもの仕組みは、Webサイト「My Disney Experience」を軸としたもので、アカウント登録しリゾートホテル/チケットのひも付けを行うことで、ディズニーパークス側のサーバーにある情報を処理可能なものとして登場しました。ゲストは一人一人にMagicBandを配布し、そのデバイス内にあるタグ情報をサーバーのアカウントとひも付け、魔法のような仕組みをITで実現するというものです。こちらは以前、ITmedia NEWSの連載でも取り上げました。
特徴は、MagicBandによってこれまで取得できなかった情報が取れること。MagicBandはルームキー、入園チケット、ファストパスなどリーダーに近づけることで、非接触の通信を行うことができます。リーダーはMagicBandのタグを読み取り、それをサーバーと通信することでアカウント情報とひも付け、入園やルームキーとして利用するわけです(ルームキーは通信せずにローカルでやってると思うけど)。
さらにMagicBandは、Bluetooth Low Energy(BLE)的な遠隔通信も可能で、例えば駐車場利用時に車内にあるMagicBandを遠隔で読み取って確認することも可能でした。そのほか、一部アトラクションでは遠隔センシングを利用し、演出を一部変更したり、ライドフォトを自動的にフォトパスに登録することも可能です。ビッグデータの元となる情報を、リゾートワイドで個人ごとに収集できる仕組みと考えてもいいでしょう。
MagicBandの取り扱いがほとんどない!
2020年3月、臨時休園する直前にウォルト・ディズニー・ワールドを取材してきました。
このとき、個人的に気になっていたのはMagicBandの新商品「Slap bracelet」でした。
というのも、このスラップタイプのマジックバンドのアタッチメントを外し、どうやらApple Watchにはめ込めるらしいという話を聞いたからです。今も私はApple Watchを使っており、MagicBandがあるとおかしな姿になるのが気になっていました。が、リゾート内各パークでチェックしてもどこにも売ってないんです。それどころか、そもそもMagicBandそのものの取り扱いも、以前来たときに比べて明らかに減っているのです。
確かにウォルト・ディズニー・ワールドにおいては、MagicBandを付けているのは当たり前です。でもそれはホテルで無料で配布されるからであって、これが有料だったとしたら多分誰も買わないでしょう(初回は物珍しさで買うかもしれないけど)。全員が持っているという想定でないとすると、2021年から無料配布の終了=MagicBandに関連するサービスは徐々に終息するであろうと考えています。
原因は「プライバシ−」?
そもそも、2013年ごろからスタートしたこの仕組み、最近全くアップデートがないと思いませんか?
実は当初、ゲストとキャスト/キャラクター(特に会話可能なミッキー)との会話の中で、本来ならばキャストが知らない情報(誕生日やリゾートに来訪した理由など)をあらかじめサーバから読み込んでおいて、会話の中に入れ込むということも想定していました。MagicBandの紹介動画にはアトラクション入場時、MagicBandをスキャンしたタイミングでキャストがゲストに「ハッピーバースデー!」と話しかけるシーンがありました。しかし、後にその会話部分は削除されてしまいます。
おそらくですが、これはMagicBandが収集するデータと、この仕組みができたあとに議論になった「プライバシー保護」の問題が背景にあります。
まず、上記で簡単に説明したように、MagicBandそのものは処理能力は無く、単にタグ情報を持っているだけです。そのため、何かを処理するためにはタグ情報をセンサーで読み取り、それをサーバー上に記録する必要があります。タグ情報は単なる文字列の羅列であり、MagicBand内に氏名やクレジットカード情報などは持っていません。しかしタグ情報は現在位置や滞留時間などが分かる、そのゲスト個人を特定しうる立派な個人情報です。
そこで問題になるのが、ユーロ圏で2016年に制定されたEU一般データ保護規制、いわゆる「GDPR」です。GDPRは個を特定する個人データ保護を対象にしたもので、EU圏内のシステムだけでなく、日本を含むすべての企業が「EU圏内の個人データ」を対象にしています。つまり、アメリカ国内にあるウォルト・ディズニー・ワールドにおいても、ヨーロッパ圏の人がゲストとしてやってきたとしたら、そのシステムにおける個人情報保護はGDPRに準拠する必要があります(もちろん東京ディズニーリゾートも)。
ここで問題となるのは、GDPRがかなり広範な保護規制として制定されていることに加え、全世界年間売上高の4%または2000万ユーロ(約24億円)を上限とする、非常に高額な制裁金が課せられる可能性があることです。そのため、ディズニーのような大企業はGDPRによるリスクを真剣に考える必要があります。
この点で真っ先に問題となるのは、MagicBandにおける個人情報収集です。本来行いたかったことを行うためには、ゲスト全員に事前にどのような情報を取得するのか、説明した上で承認を得る必要があります。当然そのためのプライバシーポリシーは制定済みであっても、MagicBandの機能拡張が全く進んでいない状況を見ると、やはりリスクの大きさのほうが勝っていたのではないかと想像します。
実際、MagicBandがロールアウトしたタイミングでもプライバシー保護団体からクレームが付き、ボブ・アイガーがそれに回答するということがありました(URL失念)。いちおう、それをオプトアウトするためには遠隔センシング可能なバンドではなく、「Key to the Kingdom」と呼ばれるこれまでのカードと交換するという注意書きもパーク内にあります。

もう一つアメリカではこどもの個人情報を保護するための規則「児童オンラインプライバシー保護法」(COPPA)も2000年から存在しています。2017年にはスマホゲームで問題になっていたりしました。
LINK: 子供向けアプリにご用心、プライバシー保護違反でディズニーなど4社が提訴される – WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)
利点のなくなったMagicBand、利点だらけのスマートフォン
遠隔センシングがプライバシーの問題でリスクが大きすぎるとなると、もはやMagicBandの利点はありません。ルームキーは既にスマートフォンと公式アプリを利用し、チェックインカウンターを通ることなく直接部屋に行くことができます(これはNFCではなく、Bluetoothを利用)。パーク内決済はMagicBandが無くても、Apple Pay、Google Pay、そしてクレジットカードのコンタクトレス決済が利用可能です。唯一めんどくさいのはフォトパスの登録かもしれませんが、こちらもスマートフォンでバーコードを見せれば対応が可能です。
では、ディズニーはもう遠隔センシングで実現しようとしていたことをあきらめたのでしょうか。私はそうは思いません。
本来成し遂げたいのは、ゲスト側からの視点では「空いているアトラクションやレストランなどに案内してもらい、時間を有意義に使いたい」ということ。パーク側の視点でも「混雑しているアトラクションに集中するのではなく、分散させたい」というニーズがあるでしょう。これまでMagicBandの方式では、各所にいるゲストの位置情報をセンサーで読み取り、中央サーバーでそれを処理するというもの。収集が問題だとすると、この方法は不可能です。
しかし、いまでは高性能なスマートフォンが、ゲストそれぞれの手にあるわけです。そうならば、リスクの大きい個人情報収集をやめ、「手元にある高性能なスマートフォン内に閉じて処理させる」ことができればいいわけです。待ち時間をはじめとする混雑状況など、中央にで処理していた情報を逆にスマートフォンに送り込み、ゲスト個人の好みをあらかじめアプリに入れておき、スマートフォン単体で取得できるゲストの現在位置などの個人情報をミックスし、スマートフォンのローカル処理(エッジ)でこなすことができれば、本来行いたかったことができるはずですね。これならば、個人情報を集めることなくマジックが起こせるのです。
突拍子もないことをと思いますよね。でも、実はそれはもう発表済みなんですよ。「Disney Genie」という名前で!

ウォルト・ディズニー・ワールドで2020年末にロールアウトを予定していた「Disney Genie」は、スマートフォンアプリとしてゲストのニーズに応えるというもの。詳細はほとんど語られていませんが、おそらく、これこそがMagicBandの体験を置き換える、新たな仕組みなのではないかと思います。やっとこのアプリがつながったよ!いきなりこれが出てきた理由が分からなかったんですが、MagicBand辞めるということならば非常にクリアに意義が理解できます。
これは2019年8月のD23 Expoで発表のあったものですので、そもそもこのMagicBandの無料配布終了がDisney Genieと関係していたとするならば、あまりCOVID-19の影響は無かったのではないかと思っています。
ついでにファストパス+はどうなる?
同じく、FastPass+もなくなると思っています。折しもCOVID-19の対応にて、再開当初はFastPass+の運用が行われないと発表されています。
これ、多分もう再開しないと読んでいます。というのも個人的にこのFastPass+は悪手だと思っていて、事前に(60日前に)行くパークを決め、当日の行動をかなり縛るものになるからです。それはパーク運営側にとっても同様で、機械的にリターン時間を設定することになるんですが、そのタイミングでアトラクションが不調になると大変な混乱を招きます。それは紙ベースのファストパスの運用がそのまま使われているからともいえるでしょう。
現在は?こちらもやはりスマートフォンが鍵となります。Star Wars: Galaxy’s Edge、新アトラクションの「Star Wars: Rise of the Resistance」のBoarding Groupは一見ファストパスの亜種のように見えますが、こちらはリターンタイムを「運営側」が設定することができるのが大きな特徴です。これにより、不安定な運用になったとしても、スマートフォンのプッシュ機能で通知が行えるため、グループを呼ばないという選択肢ができるわけです。
そうなると、ウォルト・ディズニー・ワールドにおける新たなファストパスの仕組みは、大人気アトラクションに関しては同じようにリターンタイムが設定されない、もしくは勝手にプッシュ通知が来て、空いているアトラクションやレストランの優先搭乗券が送られてくるというものになるのではないでしょうか。そうすれば、パーク運営側が混雑を緩和し、パーク全体でゲストの総体験価値を上げることができるはずです。
むしろディズニーランド・リゾート側の「Disney MaxPass」は有料なのにわりと便利であるため、これがウォルト・ディズニー・ワールド側にも展開するんじゃないかと個人的には期待しています。で、ホテル宿泊者は無料ならばお得感はありますね。ファストパスの取得はその日が始まったタイミングで全員がスタートラインにたつ。こっちの方が平等な感じがする。
仕組みは常に変わり続ける
MagicBandの運用も7年。確かに意外と短命だったかもしれませんが、プライバシー保護の機運がここまで高まったこと、そしてスマートフォンが本格的に普及したことは、なかなか読み切れなかったのではないかと思っています。だいたいインタラクティブキューなんてあっさり使われなくなって、みんなスマホを見てますからね。この役割に関しても早い段階で、スマートフォンアプリ「Play Disney Parks」に置き換わっています。
未来をきっちり予測するより、柔軟性を持って対応することのほうが簡単のはず。やっぱりテーマパークとスマートフォンはうまく活用すれば体験価値を大きく上げられるのではないかと思っています。
知らんけど。