ディズニー史の新たな記録、ボブ・アイガー著「ディズニーCEOが実践する10の原則」(The Ride of a Lifetime)を読んだ

TL;DR:dpost.jpを読んでくれるような方であればいますぐ買って読むべし。

早川書房から邦訳版が出版された、ディズニー社会長のボブ・アイガーによる「ディズニーCEOが実践する10の原則」(The Ride of a Lifetime)を読了しました。この本が米国で出版された当時はボブ・アイガーはCEOでしたが、その後会長職に退き、CEOをボブ・チャペックに引き継ぐという電撃的な発表を行いました。そのため日本においてはディズニーCEO(当時)という状況ではあるものの、内容としては当人しか知り得ない内容などが多数含まれる、実に重要な「ディズニー史の記録」と感じました。

この本は2部構成となっており、第1部はABCの幹部を経てディズニーのCEOになるまで、第2部はディズニーのCEOとしてピクサーマーベルルーカスフィルムを買収し、さらにディズニーが目指す世界を一変させることとなったDisney+のスタート、さらにはあのフォックスの買収までを、自らの視点で語っています。

努力人、ボブ・アイガー

第1部のハイライトは、やはりABC時代における彼自身の「努力」かもしれません。この当時はディズニーの一員としてではなく、アメリカ国内の巨大メディアネットワークであるABCのテレビマンとしてのボブ・アイガーが、自身の視点で語られています。

ここでの大きなポイントは、ディズニー入りしたことによる経験かもしれません。自身が「買収された会社の人間」という立場であり、ディズニー入りすることでどのような軋轢があったのかがかなり赤裸々に語られています。後に自分自身が「買収する側の人間」となり、この経験が大きく生きたという印象です。

で、その「ABC買収」は当時のディズニーCEOであるマイケル・アイズナーの最大の功績ともいえるもので、これ自身はアイズナーの視点で語られる「ディズニー・ドリームの発想」でも触れられていたもの。ディズニー史においてよく言われる「アイズナーはCOOのフランク・ウェルズを失った以降がダメ」というお話しを裏付けるような内容が、ボブ・アイガーからも語られていて非常に興味深い内容でした。あとナンバー2のマイケル・オーヴィッツの悪評w

第1部全体を通してみると、ボブ・アイガーはメディア側の人間であることが非常によく分かります。プロローグこそ上海ディズニーランドオープン時の背後にあった話(オーランドの「パルス」銃乱射事件およびセブンシーズラグーンにおけるワニの事件)というパーク関連のお話しが出てくるものの、全編を通してパーク系の話はほぼ出てきません(Star Wars: Galaxy’s Edgeはたった1,2行のみ)。そこも非常に興味深いところでした。その点ではできれば、ボブ・アイガーもアイズナーみたいに2冊分くらい書いてくれればいいのになー、と。今から考えるとアイズナー本なんで上下巻も書いたんだ。

アイガー視点でみる「事件」の形

第2部でCEOとして承認されたアイガーの前に立ちはだかる事件も非常に懐かしく、興味深いです。アイズナーからたすきを受けたアイガーの目の前には、ピクサー(スティーブ・ジョブズ)との確執という大問題が残っています。これはピクサー本こと「PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」に詳しいです。

面白いのが、ピクサー側から見た騒動と、ボブ・アイガー視点から見た騒動がほぼ完全に一致しており、このときの事象表現が正しいことがよく分かったこと。さらに、ボブ・アイガー側からも、ピクサー、ひいてはスティーブ・ジョブズ側からもお互いを信頼し、ビジネスを超えたなにかがつながったことが手に取るように分かります。マイケル・アイズナー政権で最悪の状況になった両者の関係が、ボブ・アイガーの先見性(iTV)とスティーブ・ジョブズの先見性(ビデオiPod)が偶然にも一致したことで、急速に近づいたというのも運命を感じました。この本、ピクサー本同様アップル大好きな人が読んでも面白いと思います。

ビデオ機能の説明の最後にジョブズCEOは「ABC、ディスニーチャンネルを保有している企業はディズニーであり、私とディズニーとの関係は20年以上に及ぶ」と述べた上で、ディズニーCEOのロバート・アイガー氏を紹介した。アイガーCEOは「今回アップルに参加できるチャンスを嬉しく思っている」とコメント。今回の提携に関しては「偉大なコンテンツと偉大なテクノロジーが融合し、これまでになかったチャンスを得ることができる」と語った。

https://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/10/13/9471.html

LINK: 米AppleのジョブズCEO、動画配信など「iTunes 6には4つの特徴がある」

LINK: アップル、新iMac G5/iPod発表会を国内公開

訴えられた側から見た「SaveDisney」

そして最高に興味深かったのは、あの現職ディズニーCEOであったマイケル・アイズナーと、ディズニーイズムというレガシーを体現するロイ・ディズニーとの戦い「SaveDisney」において、訴えられた側である(マイケル・アイズナー政権を刷新することにつながった)ボブ・アイガー側の視点で書かれた事情です。

ウォルトのおい、ロイ・エドワード・ディズニーが2003年にマイケル・アイズナーに送付した公開書簡。ここから「SaveDisney」運動がスタートした(Internet Archiveより)

残念ながらロイ・ディズニー側の視点ではもはや語られることはなくなりましたが、最終的にマイケル・アイズナーは辞任、ロイ・ディズニーはその前に取締役から解任されるといういったんの幕引きが行われ、それを引き継ぐ形でボブ・アイガーがCEOになっているという状態。

しかし、これに関しては主に私たちファンは、どうしてもロイ・ディズニー側の肩を持ってしまいたくなるというのが実情でした。それに関してはいまだに尾を引いているというのが現状でしょう。分かる。

ロイ・ディズニーに対してボブ・アイガー側(当時のディズニー側)がどう思っていたのかが記録されたことは、非常に重要だと思います。最終的に両者は(ある程度の)譲歩を行い、コンサルタント職としてロイが残るということになったものの、その後を考えるとなんともなあ、という印象です。が、本書を読んでまあこれが最善手だったのだろうとも思いました。仕方がない。

そもそも合わないボブ・アイガー流と“ディズニー”

ボブ・アイガーが舵取りをしたディズニーとは、私たちが一般的に思う“ディズニー”とは大きく異なります。ロイが考えたのは、ウォルト・ディズニーという人が残したレガシーを大事に守っていくというもの。真っ白なミッキー人形を見て「白、黒、赤、黄色以外のミッキーは許さない!」とロイがコメントしていたというのは非常に興味深いというかよく理解できる一文でした(むしろ「ウォルト自身は甥のロイをたいして気にかけていなかったらしい」というのがすさまじいw)。

ここは多くの方が誤解していそうなところなのですが、そもそもボブ・アイガーは「旧来ディズニーをぶっ壊す」側の人です。正確には、ディズニーが本来向かうべき方向のためならば、組織の形を変えてでも進める、という力を持っている人です。それは過去に記されたものでもよく分かります。

LINK: ウォルト・ディズニー:伝統を守り、伝統を壊す 成長企業のリーダーは進化を追求し続ける | ロバート A. アイガー | [“2011年12”]月号|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

ABC/ESPNというメディア出身だったからこそ、これまでのビジネスモデルの限界がテクノロジーの進化によって到来し、その時が来る前に自分自身を変えなければならない、というのを一番理解していたのが、ボブ・アイガーでした。このタイミングでCEOになっていたというのが、ディズニーにとって非常に幸運だったとしかいいようがありません。その実現方法こそが、本書で触れられているピクサー買収であり、マーベル買収であり、ルーカスフィルム買収であり、フォックスの買収です。そして実はものすごく重要だったのが、小さな会社ながら素晴らしい技術を持っていたBAMTechの買収だったことも分かります。その技術はいま、Disney+という形でサービスされています。COVID-19の問題が来る前にDisney+がローンチしていたことは、大きなアドバンテージになりました。

LINK: ディズニー前CEOが明かす「古い常識」の破り方 | 映画・音楽 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

本書に書かれていないことは、おそらく“次”に書かれるはず

実はちょっとだけ期待していたのは、パーク周りのお話しと、ボブ・アイガーの後継者選びについてのことでした。まずパーク回りに関しては、そもそもナンバー2時代にはマイケル・アイズナーのエリアだったようで、ウォルト・ディズニー・イマジニアリングを見学したときの印象には触れているものの、その後のことはほぼ書かれていません(実際、マイケル・アイズナーが作り出した第2パーク群をオーバーホールするという作業をしたのはボブ・アイガーのはずだったのですが……)。

そしてもっとも気になってた、ボブ・アイガー後継者選びの大騒動はいっさい触れられていません。俺たちのトム・スタッグスは意外なことにパーク部門担当どころかCFO以前の経営企画部時代という、かなり初期から交流があったことはうかがえます(もう1人の後継者候補、ジェイ・ラズロはほとんど触れられていない)。が、自分の後継者選びの点に関しては全くといっていいほど触れていません。結果としてトム・スタッグスもジェイ・ラズロもディズニーを退社することになり、引き続きCEOを担当してフォックス買収の流れになりますが、(当然ながら)現CEOとなったボブ・チャペックに関しても触れていません。

その点に関しては、きっと十数年後にかかれるであろう「ボブ・チャペック本」にて触れられるのではないかと考えています。

次のCEOはパーク重視の経営に?

ボブ・アイガーが書きたかったことはたくさんあって、そこから厳選した結果がこれなのであろうと考えると、やっぱり出自もあり「メディア」として、コンテンツをいかに充実させつつ、それをテクノロジーを持ってデリバリーするかというポイントに注力していたのかもしれません。ごっそり抜けているのは、それをパーク展開し、グッズなどの形でコンシューマーに届けること。

そしてその責任者が、いまのディズニーのCEOになっていると考えると、ボブ・アイガーがこれまでやったことをさらに展開するため、ボブ・チャペックが起用されたとも考えることができるかもしれません。ダイレクト・トゥ・コンシューマーがDisney+ローンチにより一段落し、次はパークス、エクスペリエンス&プロダクツが重点施策になると、個人的には思いました。

ともあれ、これまでdpost.jpで記録し続けてきたことが、時系列とともにピックアップされ、それが当事者の目線でどう考えられていたのかが一本の線でつながる、素晴らしい体験をさせていただきました。多分これは記録し続けてきたものしか体験できない「人生という名のライド」だなあと思いました。ディズニー史を学ぶ上では必携の1冊だと思います。

追記:各国展開に関するアイガーの考え方

一つ忘れてました。上記でも触れた「ダイレクト・トゥ・コンシューマー」、正確にはダイレクト・トゥ・コンシューマー&インターナショナルという文言が付いており、そもそものアイガーの重点施策の一つは「インターナショナル」であると明言されています。これを見て安心していたら、ちゃんと発表がありましたね。

で、この書籍で数少ない「日本」に対する言及がこれ。アイガーがCEOになりたてのころの話。

たとえば、日本では東京のある場所にスタジオ兼事務所があり、別の場所にキャラクターグッズ事業があり、テレビ事業はまた別の場所にあった。その三つの事業はまったく別々に動いていた。たとえば経理やITといったバックオフィス機能の連携もなかった。ほかの地域でも同じような無駄が見られた。さらにひどいことに、各地域でディズニーブランドを管理し、その地域特有のビジネスチャンスを発掘する人間がどこにもいなかった。すべてが受け身で、バーバンクの本社に頼りきりの体制になっていた。

ボブ・アイガー著「ディズニーCEOが実践する10の原則」

これ、結構重要なポイントで、ディズニー(アイガー政権)は「一貫した国際戦略」を行う方向に大きく舵を切っています。これは各国が単なる営業部隊になるわけではなく、「その地域特有のビジネスチャンスを発掘」し、それを必要があれば世界展開するというもの。日本発の「ツムツム」や「nuiMOs」は世界展開となりました(おそらくこのグッズの一番重要なところをWhisablesに吸収済みと思いますが……)。これはなんとなくですが「各国事情を勘案する」とは大きく異なるものなのかなあと。それを考えると、先のニュールックミッキーの統一とかは非常に良く理解できますし、いまの日米における「ディズニープリンセス」感の違いが今後どうなるかも注目に値する部分かと思います。

この記事を書いた人

IT系メディアの編集者を経て、現在は独立しエンタープライズ系ITのライターとして活動する傍ら、広義の“ディズニー”を追いかけるディズニージャーナリストとして、個人でできる範囲の活動を行う

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スタジオ/カンパニー(〜2020年5月)
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