アナと雪の女王2「イントゥ・ジ・アンノウン」でロペス夫妻が仕掛けたもの

mtakeshiの雑記

公開前時点で存在していたマテリアルのみでお話を展開するので、スポイラーではないものの一ミリもネタバレを許せない、という方はまた後ほどどうぞ。

Frozen 2、とうとう公開

待望の作品「アナと雪の女王2」が日米で公開されました。本稿執筆時点ではその評価はまだ出ていませんが、ファーストインプレッションを残しておきたいと思います。お題はもちろん、アナ雪2におけるレリゴー、「イントゥ・ジ・アンノウン」です。まずはその曲を聞いておきましょう。吹き替えは松たか子さん、本家はイディナ・メンゼルです。

ディズニー作品とは不思議なもので、楽曲だけでも映像だけでも成立せず、その二つが揃って初めて評価に値する体験となります。私もこの楽曲を単体で聴いたときはさほど印象に残らなかったのですが、本編映像をみた後では、やはりこれこそが位置付け的にLet It Goと同様であることが理解できました。

楽曲を制作したのは、作曲ロバート・ロペス、作詞クリステン・アンダーソン=ロペスのご夫妻。ご存知の通り前作アナと雪の女王、そしてくまのプーさんなどを制作したチームです。

上記の記事でも触れましたけれど、このロペス夫妻、特にロバート・ロペスはさまざまな音楽を吸収し我がものとし、期待されている効果をきっちり与えるための音楽を作り出す、天才としかいいようのない存在です。おそらく、レリゴーに関しても「感動する曲を作ってくれ」というオーダーがあったのではないかと想像。その1曲で映画の方向性からなにから全部を変えてしまうすごいものを作ったというのが、前作のヒットの要因でしょう。

そしてこのロペス夫妻は単なる一発屋ではないことを誰もが知っているはず。あの「リメンバー・ミー」では、同じ曲を複数のアレンジで聴かせることで、楽曲が持つ意味を変えてしまうというギミックが映画の根幹になっていました。これ、そういう音楽を作れと言われて本当に作れるソングメーカーがどれだけいるんですかね。

そして、今回もきっとこういうオーダーがロペス夫妻に降ったと思うんですよ。「レリゴーを超えるものを作ってくれ」と。その結果はどうだったのでしょうか。私はレリゴーを超えたとは思っていません。

レリゴーを超えなかった「イントゥ・ジ・アンノウン」

まずは皆さんも予告で聴いた、イントゥ・ジ・アンノウンの全編を聴いてみてください。私は映画鑑賞前にこれを聴いて、レリゴーを超えたとは全く思えませんでした。もちろん、イディナ・メンゼル/松たか子の歌声もすごいんですが、レリゴーの勢いは感じられず、例えばこれで子供たちが真似をしたいと思うかというと、そういう感じのものでもないと直感しました。

で、実際に本編映像と合わせてみても……それは同じ感想。ただ、それをみて初めて分かりました。ロペス夫妻は「レリゴーを超える」ことを狙っていなかったのだと。

実はこれと似たような展開を、私は昨年末に見ました。「メリー・ポピンズ リターンズ」で。

前作を完コピしたメリー・ポピンズ リターンズが避けた曲

メリー・ポピンズ リターンズは半世紀ぶりに作られた、メリー・ポピンズの続編です。これを見た方はきっと感じたと思いますが、1作目とかなりリンクする音楽構成になっています。例えばジュリー・アンドリュースが演じるメリー・ポピンズが最初に歌う「お砂糖ひとさじで」に対応するのは、エミリー・ブラントが浴槽の中の海で歌う「想像できる?」。そのほかにも「楽しい休日」は「ロイヤルドルトン・ミュージックホール」、「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」は「本は表紙じゃわからない」など。対応する曲がしっかりあります。

で、メリー・ポピンズといえば、「ウォルト・ディズニーの約束」でも語られていたように、あのウォルト・ディズニーが大好きだと感想を述べている曲があります。それが「2ペンスを鳩に」です。これはもうウォルト基礎知識の二番目くらいにくる事象ですので皆さんも覚えて帰ってほしいところですが、実はこの曲、メリー・ポピンズ リターンズには対応する曲がないんです。

私はこの作品、オープニングからニッコニコしながら見てまして、途中で完全に前作をなぞっていると思ったものの、アカデミーのノミネートとなった「幸せのありか」に対応するのは「眠らないで」と分かったとき、ははあ、これは逃げたなと思ったわけです。さすがにこの曲だけは、対応する何かを作って披露したとしても文句しか出てこないでしょう。そう言う意味で、逃げるのも正解です。

が、リターンズはとんでもない仕掛けがあり、そういう見方で映画を見ている人間に牙を向けます。それが、リン・マニュエル・ミランダが歌い踊る「小さな火を灯せ(Trip a Little Light Fantastic)」です。

この曲、普通に考えるとメリー・ポピンズにおける代表曲「踊ろう、調子良く」への対応であることに間違いありません。ですが、その激しいダンスの中に、行先が見えなくても、“小さな”灯りを灯し、その先へ“小さくても一歩ずつ”向かおうという大変強いメッセージが込められています。実はこれ、お腹を空かせている鳩に、“小さな”額、たった2ペンスでいいから“小さくても一歩ずつ”餌をあげて、世界を少しでも良くしてくれないか、というメッセージと全く一緒なのです。

つまり、楽曲制作を行なったマーク・シェイマンはちっとも逃げてはいなかったのです。それどころか、あの2ペンスを鳩によりも強く、今風にアップデートしたメッセージをこの1曲に詰め込んでいるのです。それに気がついたとき、本作は自分にとって宝物のような体験になりました。すごいよマーク・シェイマン。

レリゴーが犯した罪と罰

話をレリゴーに戻します。違う、イントゥ・ジ・アンノウンだった。

おそらくですが、ロペス夫妻も同じようなことを考えたのではないかと思います。レリゴーを超えることに意味は全くなく、「アナと雪の女王2」のストーリーにふさわしいものを目指すこと。それこそが、ロペス夫妻にとってのゴールでした。その結果が、映像にマッチし、ストーリー的に重要であり、かつ「曲単体としての完成度を目指さず、映画を台無しにしない」曲作りだったのではないかと想像します。

いろいろな情報を集めると、前作におけるレリゴーがあまりの完成度であったために、もともとあったストーリーが大きく変化したと言われています。おそらく、それは楽曲単体としては素晴らしいことではあるものの、映画制作においては主従のバランスが崩れ、よくなかったことだという反省があったのかもしれません。そのため、おそらく「レリゴーを超えること」に全く意味がないということを、かなり初期段階で分かっていたかのようにも思えます。その意味で、今回の制作チームの狙いは大変はっきりしていたというのが、この1曲からもわかります。知らんけど。

驚異の“4音”と隠れた刺客

はい、ここからが本論です。「レリゴーを超える必要はない」という前提で、ロペス夫妻が仕掛けたギミックが本当にすえ恐ろしいというお話をしたいと思います。

多分、ロペス夫妻が今回一番力を入れたもの、それは間違いなく、イントロでかかる「4音」だと思うんですよね。アアーアアー、の。

イントゥ・ジ・アンノウンで一番すごいと思ったのは、この4音のメロディだけで「アレンデールのアナとエルサ」を完全に想起できるという点にあります。これ、パーク展開を考えたときに、凄まじく親和性が高いんですよ。パレードでこの4音が流れたらアナ雪が来ると分かりますし、楽曲がミックスされるフィナーレシーンでもこの4音だけあれば、映像がなくてもアナ雪ですよ。おそらく先行してイントゥ・ジ・アンノウン関連の映像が出てきたことも、映画鑑賞前にこの4音を刷り込ませたかったのではないかと思うほど。

その証拠に、実はこの楽曲がイディナ・メンゼルだけのクレジットではないという点が挙げられます。おそらく皆さんもスタッフロールを見たときに見知らぬクレジットに気がつくはず。

このコーラス部分は、ノルウェーのシンガー、Auroraが担当しています(吹き替え版も同様)。上のVEVOクリップも両者の名前が入ってるでしょ。むしろ、イディナ・メンゼルよりもオーロラの歌声の方が主と考えている可能性すらあると思っています。アメリカのニューヨークポストでもそのものズバリ「アナ雪2にはシークレットウェポンがあった——歌手、オーロラ」というタイトルの記事が出ています。

LINK: ‘Frozen 2’ has a secret weapon: singer Aurora

LINK: 『アナ雪2』メイン曲「Into the Unknown」にゲスト参加したオーロラ(AURORA)とは?

LINK: 北欧の新世代歌姫オーロラ(AURORA)全公演が即日ソールドアウトした来日公演初日レポート

そう感じたのは、私が前夜祭で中元みずきバージョンのイントゥ・ジ・アンノウンを聞いた時のクリステン・アンダーソン=ロペスの一言。「この楽曲は、安定した生活を得たエルサが、それを捨てて一歩踏み出し、リスクを冒してでも冒険に出る決意をするという内容」(まさにそれはジャパンプレミアで歌うあなたのことよ!)と。おそらくロバート・ロペスは「そんなエルサでも、この音を聞いたら誘惑されるほど」のメロディを、血涙振り絞って考えたと思うんですよ。そう考えると、このコーラスが凄まじいものに聞こえてきませんか?

劇中版のイントゥ・ジ・アンノウンは、オーロラのコーラスとイディナ・メンゼルの歌が一瞬だけ重なる瞬間があります。その時初めて、このストーリーが動き始めるのです。この仕掛けに気がついたときには身震いするとともに、相変わらず俺たちはロペスの野郎の手のひらで踊っている存在に過ぎないのだな……と感じました。

なんとこのタイミングで来日公演してました

名を捨て、実を取ったロペス夫妻の選択

レリゴーはとてもわかりやすくて、聴いた側が何が起きたかわからないまま一本取られている「投げ技」だとしたら、イントゥ・ジ・アンノウンはじわじわと締め付ける「寝技」です。やっぱりすげえや。

ともあれ、もうこの1曲の作り方だけでこの映画は100万点です。そしてロペスの野郎の天才っぷりに脱帽せざるを得ません。ディズニー音楽はとうとうメンケン&アシュマンの時代が過ぎ、ロペス夫妻、そしてリン・マニュエル・ミランダの時代が来たと思いました。アラン・メンケンに関しては前作でやや失望したこともあり、実写版リトル・マーメイドは追加楽曲をリン・マニュエル・ミランダに任せてあげてほしいと思います。こっちはこっちで別ベクトルの天才。

全体を通しても、楽曲単体の完成度を過剰に高めることよりも、映画音楽として正しい楽曲となるようにまとめ上げているという印象を得ました。ロペス夫妻の妙義、味あわせていただきました。皆さんもまず、イントゥ・ジ・アンノウンを劇場で「聴き直し」てみてください。きっと印象が変わるとともに、この楽曲の深さを感じるはずです。いい作品でした。