2016年11月24日、ウォルト・ディズニー・ジャパン主催の日本最速試写会に、運よくMovieNEX枠で当選いたしました。ウォルト・ディズニー・ジャパン的には「このラッキーな来場者の方に、ぜひ感想をSNSにシェアしていただきたい!」という話をしていました。率直に言うと「見てない人の神経を逆なでする」お話ですねえ……。
しかし、私は私にできることとして、極力ネタばれをせず、これから見ようとしている人にスポイルしないことを目指し、メモを残しておきたいと思います。ただし、どんなに些細なネタばれも許容できない人にはお勧めしません。すごい作品で「絶対に見に行け」ということで、またぜひ公開後、2017年3月にお会いしましょう。
この記事には極力スポイラー(ネタばれ)はないようにしています。ただし、既にアメリカにて上映開始前に発表された、下記の予告の内容には触れています。


すべての情報をシャットアウトしたい場合、万が一を考えて鑑賞後に読むことをお勧めします。
今回の作品、端的にいって素晴らしい内容でした。今回はその内容には触れないようにした上で、鑑賞前に知っておくとより作品が楽しめるであろう、3組(正確には2人+1組)を紹介したいと思います。なお、モアナ役で現在16歳、アウリィ・カルバーリョ(Auli’i Cravalho)に関してはどうしても本作のストーリーに触れてしまうので、ここでは下記記事へのリンクだけで。

俺たちのチャンプ、ロック様の登場だ!
まずは「ヒーロー」。ドゥウェイン・ジョンソンことロック様のことを避けて通るわけにはいかないでしょう。アメリカ、スポーツ・エンターテイメントである「WWE」が誇るスーパースターです。つい先日、2016年最もセクシーな男としても選出された、まさにアメリカが誇る「ヒーロー」でしょう。
LINK: WWE | スーパースター | ザ・ロック
LINK: ドウェイン・ジョンソン、米誌が選ぶ「最もセクシーな男性」に | ロイター
もうね、英語が分からなくても通じるんですよ、ロック様は。
いくつか私が知る範囲で補足すると、ロック様(というかWWE)は各スーパースターの決めぜりふがありまして、例えばこの動画の最初の「Finally, The Rock has came back to 〜(地名)!」(訳:ついにロック様が~に帰ってきたぜ!)とか、最後の「If you smell, what The Rock is cooking.」(ロック様の妙技に酔いしれるがいい)はロック様のファンならば押さえておきたいもの。
ただ、この方ここまで来るのにかなり苦労されてきたらしいんですよね。ヒールになったりしたこともあるようで。その後現在の「ザ・ロック」名義になってからは、別名「俺たちのチャンプ(The People’s Champion)」と表されるように、常にファンと一体化してやってきたという印象が、WWEをほぼ知らない私にも伝わるほどです。
で、面白いと思ったのは、ロック様は第一人称を「I」ではなく、すべて「The Rock」と表現しているんですよ。もう1度WWEの動画を。これすっごくかっこいい。そしてぜひ、この観客との一体感を感じ取ってほしいです。WWEの知識がなくても、英語が分からなくてもビンビン感じるこのカリスマ性を。忙しい人は5分14秒あたりからでもいいです。自然とわき起こるロッキーコール。もうね、これがヒーローでなかったらなんなのよ。
やっぱりロック様を特徴付けているのは、その呼び方だと思うんですよ。ザ・ロックが、ザ・ロックであることを自ら完全に定義し、だからこそ「ザ・ロック」と名乗れる。自分が誰であるのか、常に自分自身、ファンにアピールし続け、そのアピールに足る行動をする男。ヒーローがヒーローたるゆえんはそこにあると思うのです。ヒーロー役を演じるのではなく、ヒーローに選ばれただけではなく、「ヒーローであると自ら定義する」。これこそが、ロック様の大変重要なポイントだと思います。
そしてこのロック様が、われらのリングであるディズニー映画に声で出演します。あの「マウイ」です。
Dwyane @TheRock Johnson performs a Polynesian dance LIVE on @GMA! https://t.co/0H1KjEpUoW
— Good Morning America (@GMA) September 15, 2016
そう、このマウイはドゥウェイン・ジョンソン本人であり、ザ・ロックそのものです。ですので、この作品を見る前に、ほんのちょっとでもロック様という人を知っておくと、絶対に楽しめるはずです。
ベテラン・ミーツ・ニューディズニー
次に、ディズニーが誇るベテランコンビ、ロン・クレメンツ&ジョン・マスカーについて。
LINK: ロン・クレメンツ – Wikipedia
LINK: ジョン・マスカー – Wikipedia
古くからのディズニーファンであれば、このふたりの名前はご存じでしょう。ディズニー長編アニメーション作品「リトル・マーメイド」 (1989年)、そして「アラジン」(1992年)を監督し、さらに久々の2D作品「プリンセスと魔法のキス」(2009年)も監督した、ベテラン中のベテランです。
このふたりを知る前に、ディズニーがこれまで採っていたアニメ制作プロセスと、最近のプロセスを知る必要があるでしょう。彼らが大活躍していた1980〜1990年代、いわゆる「2Dアニメーション」の時代は、セル画はリトル・マーメイドが最後だったものの、コンピューターを導入しつつ、「古いプロセス」で映画が作られていました。まず最初に紙芝居的な絵を使い、ストーリーを確定する「ストーリーボード」からスタートし、キーアニメーターが鉛筆を使い原画を作る「ペンシルラフ」、それをきれいな線にする「クリーンアップ」、そしてセル画で(後期はコンピューターで)色を塗る「ペインティング」、これを背景と合わせて「撮影」する、というプロセスが標準的でした。
ところが、ディズニーも時代の流れから「CG」による制作がメインになっていきます。当初は上記プロセスとCG的プロセスがミックスした結果、スタジオは大混乱し、その結果作品も大混乱に陥るという状況になりました。その後ピクサーを買収し、ジョン・ラセターを制作総指揮に据えたことで、スタジオ内はプロセスを一新し、作品作りが完全に変わります。
この新しい制作プロセスは、ベイマックスを作るまでを密着取材した、下記の映像作品に詳しいです。これ、ファンならば必見の映像です。
このメイキング映像を見ると、実は「ベイマックス」で主軸となっていたシナリオが、最後の最後まで決まらなかったことが見て取れます。過去の制作プロセスであれば最初の「ストーリーボード」でお話は確定している必要があります。プロセスを戻ることは大変な手戻りになりますからね。
ところが、CG制作プロセスはそうではありません。この新しいプロセスは、やろうとすればシナリオ自体を変え、シーンを作り直すことが(2Dアニメに比べると)容易なのです。おそらくですが、ベイマックスは初期シナリオと完成版シナリオにはかなりの差異があるはずです(初期シナリオはおそらくコミックス版を見るとなんとなく想像が付くはず)。以前そんなことを書きました。

ちょっと振り返って「プリンセスと魔法のキス」。この作品、皆さんどう受け止めましたか? 個人的には2D回帰というエポックメイキングなところや、魅力的なキャラクターたち、そして世界のテーマパークで引用される「Almost There」や「Dig a Little Deeper」などの魅力的な音楽とシーン。
でも、それだけなんですよ。端的に言ってしまうとこの映画は。シーン単位では大変素晴らしいのですが、エンディングのある仕掛けを実現するためだけにシーンがつなげられ、映画全体のシナリオが「最後にあれをやりたかったのね」に集約されてしまう作品だと、私は思っています。これは何かというと、シナリオの練り方がもう1,2段足りなかったから、といわざるを得ません。これは実はピクサー作品「アーロと少年」にも同じことがいえます(これはこの記事を読むとすごく分かる→『アーロと少年』と「失敗」からはじまるピクサー式イノヴェイション « WIRED.jp)。
ではなぜ、「プリンセスと魔法のキス」はシナリオが練られていないのでしょうか。それはもちろん「プロセス」に問題があるのです。2Dアニメーションは、最初のストーリーボードでシナリオが完成していなければなりません。おそらく、この映画も途中でいろいろなアイデアが浮かび、それが組み込まれていったのでしょう。しかしシナリオ自体を変更するには手戻りが大きすぎるため、「シーン中心」でそれを並べただけの映画ができてしまいます。
ひるがえって、現在のCGプロセスは制作が進行したあとからでも、シナリオ自体を変えるということすら可能です。上記のベイマックスメイキング動画では、アナと雪の女王の監督であるジェニファー・リーや、その次の作品である「ズートピア」監督のバイロン・ハワードなどもシナリオ決定のミーティングに参加している映像があり、「多くのアーティストによる合作」という印象があります(しかもそのミーティングは、一部シーンのレンダリングが行われている最中にやってる!)。もはや監督が作るものというより、「オールディズニーが作るもの」。それを統率しているのがあのジョン・ラセターというのがまたすごいです。シナリオはプロセスの最初に決めるものではなく、以前と比べるとかなり柔軟に修正できるものになったことは、ディズニーにとって大きな武器になったのです。
アラジンやリトル・マーメイドを作り出したベテランが、「新たなプロセス」と「CG」という武器を持ったときにどのようなことが起こるのかは、これまであまり注目されていませんでした。例えば「塔の上のラプンツェル」では、当初ベテランもベテランであるグレン・キーンが監督をする予定でしたが、制作途中でネイサン・グレノ、バイロン・ハワードという若手に交代しています。ベテランが監督したCG作品はあの「チキン・リトル」までさかのぼりますので、本作というのは本来、すごく心配だったわけですよ(苦笑)。ある意味、ベテランが若い技術を得たという「伝承」が行われた作品といえるでしょう。
とはいえ、ベテランにはベテランにしかできない仕事があります。今作においては、おそらく彼らしか持ち得ないノウハウが、この作品にはちりばめられています。その一つが、マウイのタトゥー。
3DCG作品でも、2Dアニメーションのノウハウはやっぱり必要なんですね。そういう意味で、伝承だけでなくアニメーター、クリエイターの「世代交代」をになう作品ともいえるでしょう。ナイン・オールドメンの世代交代の作品となった「きつねと猟犬」レベルの。
ディズニーのアニメーターの技術は古くなったとしても、それはオールドスクールで味があるもの(Mr.インクレディブルのセリフを思いだそう)。若きものに伝えられ、次の世代がさらに新たな表現を考えてくるでしょう。ベテランにも意地があるし、若手には未来が見える——本作によって、ディズニースタジオの雰囲気が伝わってくるかもしれません。
“天才”という言葉以外には当てはまる言葉はまだない
最後、1人の天才について述べたいと思います。もちろんそれはこの作品でディズニーアーティストの1人となった、リン=マニュエル・ミランダです。
I am so grateful for every moment that led to today. https://t.co/cgyQBSQGlG
— Lin-Manuel Miranda (@Lin_Manuel) November 23, 2016
LINK: linmanuel
リン=マニュエル・ミランダは現在最もチケットが取りにくいブロードウェイミュージカル「Hamilton」の制作者にして、作詞、作曲、脚本、主演をこなすという方。実は既に「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」でも曲を提供しており、Moanaのあとには「Mary Poppins Returns」(2018年)にも出演が決定している、マルチプレイヤーです。
まずは2016年10月に「サタデー・ナイト・ライブ」に出てきたときの映像を。この曲は「Hamilton」の「My Shot」を、サタデー・ナイト・ライブ向けに歌詞をアレンジしたもの。英語は一切分からないですが、この勢いとライムでリン=マニュエル・ミランダの音楽的才能は見えると思います。
そして本作では、Opetaia Foaiが所属するグループ「Te Vaka」とリン=マニュエル・ミランダが曲の制作、そしてパフォーマンスを担当します(そう、リン=マニュエル・ミランダの曲もあります)。さらにスコアはマーク・マンシーナ(ターザン、ブラザー・ベア、ストームライダー)。
今回の作品なのですが、できる限り空っぽの状態で体験してほしいと思います(おそらくウォルト・ディズニー・ジャパンのプロモーションで、Moanaの重要シーンを丸ごと先行配信すると思いますが、ぜっっっっったいに見ない方がいいです)。その後、サウンドトラックを聞きたくなるはず。そうしたら何度も何度も聞いてみてください。確実に、聞くたびに新たな発見があります。もう私はこう表現するほかありません、天才だ、としか。
ディズニーは「アナと雪の女王」にて、ロバート・ロペスとクリステン・アンダーソン・ロペスという天才を手に入れました。ロペス夫妻は現在、2019年公開作品「Gigantic」を制作するだけでなく、「Frozen 2」も手掛ける予定です。ロペス夫妻は天才です。が、その天才というベクトルが、これまで見たことのないものでした。よくいえば「オマージュ」、悪くいえば「盗む」ことで、あらゆる音楽を自らのものにできる能力を持っているのです。その辺は下記に書きました。

ところが、リン=マニュエル・ミランダはストレートに、最新のブロードウェイミュージカルのテクニックをこの作品に入れ込んでいます。ミュージカルの基本である「I Wish」ソングに、とんでもない仕掛けを入れ込みました。リプライズにとんでもない意味を持たせました。一見不要に見える楽曲にも、深い、深い意味を持たせました。このショックはじわりじわりと私を喜ばせています。何度聞いても発見がある!
まさかこの時代に、アラン・メンケンともロペス夫妻とも異なる方向性の天才が登場し、ディズニーの最新作に音楽を載せるのを目の当たりにできると思いませんでした。皆さんぜひ、映画を見たあとにサントラを聴きまくってください。いまはここまでしか言えません。
これはまさに傑作だ!
この映画はこれまでのディズニー長編アニメーション作品の流れから見ると、大変斬新で、かつとても懐かしいテイストでした。前作「ズートピア」で疲れを感じてしまった方なら、この作品の方が合っていると思います。
しかし、この作品。最初に感じる「心地よい解釈」の裏には、さまざまな方向に深い「本来伝えたかったこと」が隠れています。ディズニーはアナと雪の女王の大ヒットでどうなるのかちょっと心配だったのですが、いまもディズニースタジオは挑戦することを忘れていませんでした。スタジオの根底にフロンティア・スピリットがある限り、ディズニーアニメの躍進は続くのかもしれません。
その大きな一歩である「Moana」、皆さんぜひ見に行ってください。
パスワード保護をしたネタばれ記事を書いています。パスワードは「moana」です。既に海外や試写会などで見た人のみどうぞ。
