そろそろディズニー長編アニメの実写化プロジェクトについてひとこと言っておくか

「そうきたか!」と思わせるような実写化じゃなければ意味は無いと思います。

LINK:エマ・ワトソン、自身のFacebookページでディズニーによる実写版「美女と野獣」のベル役として参加することをコメント | dpost.jp
エマ・ワトソン、自身のFacebookページでディズニーによる実写版「美女と野獣」のベル役として参加することをコメント | dpost.jp

2015年1月27日の深夜(日本時間)、美女と野獣の実写化において、エマ・ワトソンがベルを演じることが発表されました。エマ・ワトソンが!というのはおいといて、これはすなわち美女と野獣についても実写映画としてリメイクが行われる、という発表にほかなりません。美女と野獣といえば、アラン・メンケンとハワード・アシュマンによるディズニーの再ルネッサンスを象徴する作品。まだ長編アニメ賞がなくノミネートが5作品しかなかったころのアカデミー作品賞にノミネートされたという、すさまじい衝撃を与えた作品でした。この作品で人生が変わった人も多いはず(私だ)。

これまでディズニーの長編アニメを実写化したプロジェクトは少なくありません。1996年にはグレン・クローズ様が快演した「101」が実写として公開されましたし、最近でもアンジェリーナ・ジョリーが演じる「マレフィセント」が公開されたのも記憶に新しいです。日本でも2015年3月には「シンデレラ」公開が控えていますし、その後もジャングル・ブック、ピートとドラゴンなどが実写によるリメイクが行われる予定です。

LINK:ディズニー配給・関連映画公開スケジュールまとめ
ディズニー配給・関連映画公開スケジュールまとめ

しかし、この「実写化プロジェクト」、アイズナー政権末期における、安価に粗製濫造された続編施策、通称「チープクェル」(続編=シークェルと安い=チープを掛け合わせた言葉)と似たニオイを感じ始めました。実はチープクェル最大の弊害は、まさに美女と野獣の約92分バージョン(ラージスクリーンフォーマット版/スペシャル・エディション)の「Human Again」の追加にあると私は考えています。3月に発売されるMovieNEX版美女と野獣がこの92分版のみしか収録されていないというのははっきり言って狂気の沙汰。いったい何を考えているのか。
(ワーク・イン・プログレス版、公開版が含まれることが分かったので削除)

あ、話を戻しましょう。実写化プロジェクトの話でした。まずこれを見てください。キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャーの映像特典です。

Behind the Magic: The Visual Effects of "Captain America: The Winter Soldier"

ヘリキャリアのシーンを中心に編集されたこの動画をみてどう思いますか?もはや実写映画というよりCG映画で、私たちはそこには存在しないものに命を吹き込んだ映像を見ているわけです。もはや実写とアニメ映画の区別はとてもあいまいになってきており、そうなると「実写にした」というだけで価値が生まれるとは思いません(美女と野獣でも相当量のCGが使われるでしょうし)。

マレフィセントの快挙

そんななか、希望の光ともいうべき作品がありました。それが「マレフィセント」です。

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この作品、当初の予告ではアニメ版「眠れる森の美女」の完コピをやるかのごとく、象徴的なシーンを出しながら、実際は全く違うストーリーラインを提示するという、大変興味深いことをやった作品でした。マーベルコミックス的にいうと「バースが違う」。映画自体の出来は置いといて、映画を見ながら「そうきたのか!」と驚きを与えてくれたのはすごく新しいと思いました。この点について「原作アニメと違う!」というのはヤボで、冒頭5分くらいで出てくる3人の妖精の名前がアニメ版と異なるという時点で、制作陣の「これから違うお話をするからな!」という宣言が出ていたと考えるべき。

個人的には、実写化プロジェクトでまったく同じストーリーラインをなぞられても退屈するだけで、マレフィセントくらいの改変をしないと、今の時代は合わないと思っています。すでに眠れる森の美女は「旧スタイル」。公開後20年を経ている美女と野獣ですら、いまの子どもたちにマッチするかどうかは分かりません。

すべては「シンデレラ」の方向性で決まる?

その状況で、指針となるべき作品は次の「シンデレラ」実写版です。

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この作品の予告では、誰もが知るストーリーをそのまま予告として編集しています。しかもそれ相当終わりのほうだよね、というところまで。シンデレラといえばクラシックスタイルのプリンセスストーリーとして、最初のディズニー・ルネッサンスのもととなったお話。これ、いまやる意味があるのでしょうか。

答えはたぶん「ある」。まず一つは、映像を鑑賞するタイプの作品としての意味。今回は新進気鋭の女優、リリー・ジェームズを鑑賞する映画として作られていれば、それはそれで意味があります。マレフィセントもほぼ、アンジェリーナ・ジョリーを見るためのものだし、101についてはグレン・クローズ様とジェラール・ドパルデュー様が出てきた時点でオールオッケーでしょう(あ、ジェラール・ドパルデュー様は102か……)。

そしてさらに意味を付けるとしたら、そのシンデレラという超クラシックなストーリーを、驚きを持ってひねること。マレフィセントレベルの改変を行い、シンデレラストーリーを20分くらいで終え、その後は全く別の、現代にあったストーリーを作る……これならば、いま、実写で作る意味があると思います(問題は、まさにそれを狙った「イントゥ・ザ・ウッズ」なんていう作品が同時期に公開されることなんですが)。

シンデレラがそういう方向性で作られているのだとしたら、今回発表されたエマ・ワトソンの美女と野獣も超期待ができるものとなるでしょう。例えば野獣やルミエール、コグスワースにポット婦人と楽しく過ごした!いつもの歌を歌った!でも現実に戻ったら夢見がちな大人になりたくない引きこもり女子の妄想でした!的なストーリーだったら一生ディズニーの実写化プロジェクトについてきます。ねえよ。

ともあれ、私の中でディズニーアニメ、特にプリンセスものの実写化の究極系はすでに「魔法にかけられて」で体験済みですので、あとはお好きにやってください、という感想だったりもします。だって魔法にかけられてのボールルームのシーンで、美女と野獣のメインショットはすでに最高の形で実写化してるもん。アレを超えられるとは全く思えません――っていう私の先入観を壊してくれることを期待しています。