Gertie : 1930年のプルート

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Gertieコラム★『生命を吹き込む魔法』(3)-1930年のプルート-1930年3月12日、新惑星発見。
ハーバード天文台へ発見者のトンボーはにわかに打電した。

海王星の不気味な軌道のぶれは、まだ見ぬ惑星を予言していた。しかし誰もがそれを見ることはできなかった。まだハッブルなどない時代の話だ。口径32cmの写真専用の
広角望遠鏡を使用し、3日程おいて同じターゲットへ撮影を繰返した。

数枚の写真を比較し、その微細な違いを比べる。恒星だけなら動きはないはずだ。小惑星と区別しながらブリンク・コンパレーター(点滅比較計)に写真は幾度となくかけられる。1月23日と29日に撮影された写真を機械にかけた。するとどうだろう。深い闇の冥界より、煌きつつ動いていく星が、浮かび上がったのだ。

このニュースは全世界をかけめぐった。スタジオを拡張し、意欲に燃えていた忙しいウォルトディズニーの耳にもそれは届いた。1929年の11月18日にはニューヨークで、
トーキー時代の幕開けともいえる『蒸気船ウィリー』が好評を博していた。もうオズワルドの著作権を奪われたこともくよくよしていなかった。アニメーターたちがこの最先端のアニメーションスタジオに集まり、やがて白雪姫の一つの要素ともなるホラー性とコミカルさを融合したシリーシンフォニーシリーズの第一作『骸骨の踊り』が完成していた。機関車を独自の人格化による技法でアニメートに挑戦した『ミッキーの汽車旅行』もできていた。そうして迎える1930年だった。

スタッフは30名を数え、新作を製作していた。『ミッキーの陽気な囚人』にミッキーマウスと共演する犬の名前が必要だった。ウォルトはふと、眉をよせて、それから明るく口元をゆるませた。1930年にうまれたこの犬のキャラクターは、同じく1930年に暗闇の宇宙のかなたから突然あらわれた太陽系九番目のあの星の名前にしよう。楕円の奇妙な動きで、きれいに円周を描く他の惑星の動きにおもしろい変化をあたえる。それはこの犬のキャラクターそのものだったのだ。

続報がとどいた、星の名前はイギリス・オックスフォードに住む11歳の少女がなずけ親になった。新惑星は、ギリシア神話に登場する冥府の神プルトーンにちなんで、その英語名をプルートと名づけられた。もっとも遠い漆黒の空間はまさに冥府そのものだった。それよりプルートの略語となるPLにはもっと深い意味がたくされていた。発見者のライド・トンボーには親友がいた。アメリカの天文学者パーシバル・ローエルである。彼こそが闇にかくれた太陽系の仲間の存在を信じつづけ、日夜空を観測しはじめたのだ。しかし夢はかなえられることなく、この世を去っていった。トンボーに夢はたくされたのだ。そしてついに発見されたプルート。死の国から、微笑むように輝く、その星に友人の頭文字PLをおりこむのはトンボーのはなむけなのだ。

ミッキーマウスとプルートの友情は、ちょっと他のキャラクターとはちがっている。ミッキーマウスという太陽のまわりを、遠くになったり近くになったりしながらプルートはいつでもそばにいる。ウォルトディズニーが名付けたこの犬には、そんな友情の星の思いがたくされているのかもしれない。